「手抜きの育児はないものだろうか」・・・と母親なら誰しも思うだろう。
3児の母である知人が、電話口で、「3人目となるとね、もう手抜きよぉ」と言っていたが、新米ママである私には、何を、どのように、手を抜けばいいのか見当がつかず、「手抜きって・・・何を、どうすればいいの?」と言いたいのをこらえてしまった。
「完璧主義」「生真面目」とよく人から言われるが、そうはいっても、毎日やるべきことが五万とあるのだ。
その内訳は、オムツ替え、あやし、寝かしつけ、授乳、離乳食作り、沐浴、お風呂、着替え、洗濯、お遊び、部屋の空調管理や掃除、病院通い、予防接種・・・など、24時間体制でベビーを見守りつつ、これに家事と仕事が加わる。場合によっては、仕事が終わらなくて徹夜をすることもあるし、とにかく一度に3つ4つのことを同時進行させないと、生活がまわっていかない。その間、ベビーがどのように成長し、変化していくのか想像がつかず、また育児書に書いてあるようにはいかないので、まるで要領を得ない。夫は極めて育児に協力的だが、とにかく忙しい。
一番困ったのは、ベビーの卒乳である。1晩に6回から10回も起きて授乳をするという生活が19ヶ月。夜は2時間おきに起きて授乳をする日々が続いている。これでは、一人で24時間コンビニエンスストアを仕切っているようなものだ。
昔はどんなに忙しくても、一人きりで寝られたし、仕事の移動中には、一人でボーっとする時間があった。今は、皆無に等しく、いつも何かに追われている。あれもしなきゃ、これもしなきゃと、動作も性格も聖母どころか、どんどん荒っぽくなっていくのだ。
でも、いいこともあった。「役に立たないことは一切しない、考えない」ようになってきたのだ。生活にどうしても必要のないものはあまり買わなくなったし、無駄なものは捨てるようになった。人間関係も同じで、非常にシンプルになった。愚痴や文句をあれこれ言っている暇もなく、頭の切り替えが非常に早くなった。そうすると、いかに今まで無益なことに時間を浪費していたかがわかり、毎日眠くてしかたがないのに、身も心も軽やかになった。
ところで、世の女性で一番多忙なのは、核家族で子育てをしている「専業主婦」かもしれない。一人で何もかもしなくてはならないし、気分転換をはかるのも物理的に難しい(介護に追われている人も多忙かもしれない)。
保育園に子どもを預けて働くお母さんも、保育園の前後の時間が大変だというが、少なくとも「一人きりになれる時間」がある。
私は保育園に預けず、仕事のあるときだけ一時保育を利用している。その際、準備が大変でも、働くほうがやっぱり楽だなァ、と思う。
ベビーを預けるときは、恥ずかしながらいまだに後ろ髪をひかれる思いで、「いっそのこと、仕事などやめてしまおうか」と泣きべそをかくほど切ないのだが、その一方で、預けて足を一歩踏み出した瞬間、「自分のペースで歩いている!」と感激してしまうのだ。
そんなささいなことで?と思うかもしれないが、陽射しが強ければ、日陰を探して歩き、雨が降り出せば大急ぎで帰る日々。スーパーの買い物量も考えなくては、ベビーカーがひっくりかえってしまうし、ベビーがぐずれば、ベビーカーや抱っこひもから降ろしたり、その場を急いで離れたりしなくてはならあう、自由にならない。
だから、気ままに足を伸ばそうが組もうが、どう座っても構わないことにすら、ものすごく開放感を感じてしまう。
でも、昔に比べれば、育児を取り巻く環境は、ずっと楽なはずだ。一昔前は、便利な紙オムツもなく、布オムツを使っていた。1日20回くらいオムツを取り替える新生児期には、どうやっていたのだろうか。洗濯機がなくて、洗濯板を使っていたころは?ベビーフードがなかった時代は?うーん、それだけで、先人たちはスゴイ!と尊敬してしまう。それとも、昔は大家族だから、みんなで子育てをしていたのだろうか。
さて、さすがに、「今日も、夕方まで顔を洗う時間がなかった・・・」という厳しい状況はなくなったが、それでも週1回しか洗髪の時間がとれない。
そういったせいかどうかわからないが、先日保健所に提出したお母さんアンケートで、「メンタル面で注意が必要」と診断され、「何かあったらいつでもお電話ください」と保健所の方から電話がかかってきてしまった。よく考えてみたら体力面でも、栄養失調や睡眠不足が重なってきたので、今は生活全般を見直している最中だ。
さてさて、「手抜きの育児」の妙案はあるのだろうか?
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