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アメリカの小学校入学

pic 「子供の英語教育」が話題にのぼる昨今です。

しかし、そんなに簡単に英語が身につくとは私にはとても思えません!

私は日本で生まれ育ちましたが、アメリカの小学校に3年間通っていました。ニューヨークの公立小学校に入学したのですが、日本で習っていた英語(幼稚園児のころ、転勤を前に母から教わっていたのです)は、何の役にも立たず・・・5才でバイリンガルになるまでは、6ヶ月間を要しました。

忘れもしない、あの日・・・・講堂での入学式が終わると、母が「バイバイ」と私に笑顔で手を振り、去って行きました。

私の列が動き出したので、仕方なく階段を上り始めたものの、周りは全員ガイジン、ガイジン、ガイジン!幼稚園で一緒だったMちゃんもTくんもここにはいないのです。当時の日本は、外国人も滅多に見かけない時代。たまーに外国人が歩いてくると、「あ、ガイジンだ!」と小声でささやいたもの。ところが、完全に立場が逆転し、今度は「私がガイジン」になっていました。

このプレッシャーは、5才とはいえ、言い表せぬほど辛いものでした。

耐え切れなくなった私は、涙ぐみながら逆走して階段を駆け下りました。1階の講堂に着くと、母の姿はもうそこにはありませんでした。絶望して頭が真っ白になり、仕方なく腹をくくった私は、慌てて列の最後尾につき、刑務所に入るような気持ちで教室に入りました。

担任の先生は、金髪と青い瞳の大柄な女性でミセス・ズィーラーという方でした。何を話しているかはもちろん私にはチンプンカンプン。

ところが、ミセス・ズィ―ラーがつかつかとこちらに歩みよって来るではありませんか。「来るな、来るな・・・!」と私は心の中で叫びました。しかし、先生は私を見下ろし、訝しげに話しかけてきました。何を言っているのかさっぱりわからない私が困っていると、立つように促され、教室外に連れ出されました。「きっと問題児としてこれから私は扱われるんだわ」と思った矢先、連れて行かれた先はなんと「女子トイレ」。トイレを我慢しているのだと、先生に勘違いされたのです。それくらい、厳しい表情で座っていたのでしょう。「私はちっともしたくない!」と思ったのですが、事を丸く収めるべく、用を足すふりをしました。しかし、仰天したのは、トイレにドアが全くなく、洋式なのに前向きで誰からも見えてしまうということ。防犯上の配慮と、後でわかりましたが、これはカルチャーショックでした。

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